一年の 「旅初め」 を どこにするか、だ。下鴨神社(2007年初春)

正式名称を「賀茂御祖神社」という下鴨神社は、京都市内の地図を見ると一目瞭然。出町柳あたりで、京都を流れる加茂川と高野川とが合流して鴨川になるY字型の三角地帯に位置している。                     御祭神の賀茂建角身命は神武東征で熊野から吉野に入られる際、八咫鳥に身を代えて導かれたのであり、鴨氏の祖で大和の葛城から古代の京都山城を開かれた神さまで、玉依媛命は賀茂建角身命の子である。玉依媛命の子「賀茂別雷大神」は上賀茂神社の御祭神で、下鴨神社と共に賀茂神社と総称され、京都三大祭りの一つ葵祭(賀茂祭)が両社で催されている。               御神紋は「双葉葵」という植物で、昔は「あふひ」と書かれ「あふ」は「会う」、「ひ」は神さまのお力を示す言葉で、神さまの大きな力に出会う植物が「あふひ=葵」であると伝えられている。下鴨神社は上賀茂神社同様、京都でもっとも古い神社の一つとされ、世界文化遺産に登録されている。

樹齢200~600年にもなる老樹が茂り、古代山城国の名残をとどめる広大な原生林「糺の森」を歩けば京都一のパワースポットと呼ばれる由縁もわかる気がします。ここを縦断する参道は、まるで町中にある山道で、漂う清浄な空気が一年の納めや始めにふさわしく感じます。

木々の間に凛とした姿を見せる下賀茂神社の正門である朱塗りの楼門をくぐり、御手洗川にかかる輪橋(そりはし)の側に梅の木があり「光琳の梅」と呼ばれていて、初代が尾形光琳が「紅白梅図屏風」(国宝)に描いた梅なのである。尾形光琳(1658-1716)は江戸時代の京都画壇の代表的絵師、工芸家で、「紅白梅図屏風」は光琳の晩年の作と言われ京都の新町通り二条下ル(二条城の東方)の光琳の自宅で描かれたと伝えられています。彼もここに足繁く通ったのでしょうか。

一年の  「旅初め」 を どこにするか、だ。 (2007年 初春)

東風(こち)吹かばの「飛梅伝説」が生まれた御神木「紅和魂梅」です。北野天満宮(2009年初春)

「みんなどうか元気で」と思う人で、この季節、この町はできているみたいだ。(2009年春)

梅の季節は、はんなりとした京都らしさが町にただようと感じながら、京都「七野」のひとつ北野にあり、京都の人々からは「北野の天神さん」と呼ばれ、親しまれている京都では御所の四方の鬼門の北西を護る「北野天満宮」を訪れる。

この社は幼い頃から勉強熱心で最年少で国家試験に合格し、右大臣にまで上り詰めた学問の神様で知られる菅原道真公をお祀りする、全国のおよそ12000社あると言われる天神様、天満宮の総本社である。

北野天満宮の主祭神である菅原道真が太宰府左遷の際に詠んだ有名な歌が「東風(こち)吹かば 匂ひおこせよ梅の花 主なしとて春を忘るな

拾遺和歌集に詠まれ、平安時代中期の学者/大江匡衡筆の楼門の額文に「文道大祖・風月本主」と称えた菅原道真公は、ことのほか梅を愛され、その梅が主である道真を慕って、一晩のうちに太宰府に 飛んでいったという「飛梅伝説」が生まれた。その梅が御神木の「紅和魂梅」です。

この伝説により北野天満宮の神紋には梅があしらわれている。また菅原道真は学問の神さまとしても知られていて、学問の神さまとして有名なのです。

北野天満宮の約2万坪の境内には50種約2000本の梅が植えられており、早咲きの梅は12月中句頃から蕾がふくらみ始め1月初旬には冬至梅・照水梅・寒紅梅等が寒さの中、春を告げるかのように咲き始め境内一円馥郁な香りで包まれる。境内の南側の梅苑は例年2月初旬から公開され紅梅・白梅・一重・八重等の順に咲き始め、2月下旬から3月中旬までが最も美しい時期となる。 梅の香りに誘われるように梅の季節には大勢の参拝客が訪れます。また2月25日は道真の祥月命日とされ梅花祭が行われる。承元3年(1209)に始まった歴史あるものです。