1200年を行ったり来たりできる赤い魔界千本鳥居です。伏見稲荷(1993年 冬)

和銅4年(711)に創建されたと伝わる、全国に約3万社ある稲荷神社の総本宮が「伏見稲荷大社」です。「山城国風土記」の逸文の記録によると、かつて山城国一帯に居を構えていた渡来系豪族である秦氏の先祖・伊侶巨秦公は稲を多く持つ富裕であったが、稲を舂いて作ったお餅で矢を射る的を作り、矢を射かけたところ、餅は白い鳥に姿を変え、山へと飛び去りました。そして白い鳥が舞い降りた峰に稲がたわわに実り、これは神さまがなされたことだとして、その峰に社を建てたのがはじまりとされている。その場所こそが現在に稲荷山だといわれています。

大きな朱塗りの楼門は、天正17年(1589)に豊臣秀吉によって、母大政所殿の病悩平癒を祈願して造営されたと言われている。左右に構えるお狐さんは五穀豊穣の神の使いらしく稲穂をくわえ、しっぽには宝珠が載せられている。本殿は明応8年(1499)再興の檜皮葺なのです。

さていよいよ本殿の裏手から赤い魔界「千本鳥居」に突入です。最大の見どころは何と言っても、伏見稲荷大社と背後の山(稲荷山)を埋め尽くすほどの無数の赤い鳥居、その中でも、本殿の裏手にある「千本鳥居」がひと際美しく、赤い鳥居の連なりに光りが射し込み、まるで明るい海の底にいるかのような魅惑的な赤い世界に誘いこまれるように建ち並び、澄んだ空気と不気味な空間とが混じりあい、溶けあっています。

「これからのニッポンは?」の悩みには。「むかしむかしのニッポン」が お答えします。                  一つくぐると一年むかし。と考えると、さっきカーブしたあたりで三〇〇年はもどったってことなんだ。(1993年冬)

私は今、むかしむかしに向かって歩いています。あれどこまで来たのかな。1200年を行ったり来たりできる京都です。(1993年 冬TVCM)

本殿の東方、千本鳥居をぬけたところ通称“命婦谷”にあり、一般には「奥の院」の名で知られているのが、「奥社奉拝所」である。お山を遥拝するところで、稲荷山三ケ峰はちょうどこの社殿の背後に位置しているのである。ここではキツネの顔をかたどった絵馬がたくさん奉納されていて、アニメの「いなり、こんこん、恋いろは」の舞台にもなった聖地である。