専修念仏について論議した「大原問答」が行われた舞台。大原・勝林院(2008年秋)

じっと耳を澄まさないと聞こえてはこない、ここにあるのはそんな音ばかりです。不思議なことに人のしゃべり声も小さくなっていました。涼しくなったら考えよう、そう言って後回しにしていたこと、思いだしました。(2008年 初秋CM 大原の里)

涼しくなったら考えよう、そう言って後回しにしていたこと、 ここに来たら思い出しました。(2008年 初秋)

魚山と号する天台宗の寺院で天台声明の根本道場が「勝林院」です。慈覚大師円仁が唐から持ち帰り、比叡山に伝承した法儀声明の修験道上として弟子の寂源が長和2年(1013)に創建しました。声明とはインドで始まったバラモンの学問の一つですが、日本では仏を讃える歌謡や経を読む音律よして広がりました。「呂律が回らない」にあるように声明の音律に因んだ川(呂川・律川)があり、声明に関わりの深い土地です。

文治2年(1186)に天台宗の顕真が浄土宗祖の法然を招き、専修念仏について論議した「大原問答」が行われた舞台としても知られています。三千院前にある「鉈捨藪跡」は、大原問答の折り、法然の弟子である熊谷次郎直実は「師の法然上人が論議の破れたなら法敵を討たん」との思いで袖に鉈を隠し持っていたところ上人に諭されその鉈を投げ捨てた藪だと言われています。