日本史という額縁に、1995年の紅葉がおさまっていました。南禅寺(1995年秋)

インクライン(傾斜鉄道)から疎水百選「琵琶湖疎水」の横を歩いていくと南禅寺境内にあるレンガ造りの「水路閣」にでる。東山の自然に溶け込む水路閣は古代ローマの水道橋を模したという不朽のグッドデザインで赤レンガの橋脚が優雅なアーチを描いて並び建つ姿は紅葉によく映える。

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日本史という額縁に、1995年の紅葉がおさまっていました。(1995年秋)

鎌倉時代の正応4年(1291)に亀山法皇の離宮を禅僧・無関普門が禅寺に改めたのにはじまる臨済宗南禅寺派の大本山「南禅寺」で、室町時代には臨済宗京都五山の最高位に君臨した、栄えある歴史にふさわしい風格が漂う。

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一番の見どころは日本三大門のひとつで、下層は「天下竜門」上層は「五風楼」と呼ばれる三門は、藤堂高虎が大阪夏の陣で倒れた戦没者を弔うために寛永5年(1628)に再建されたものであるが、本瓦葺の入母屋造で高さ22M、雄大な禅宗様式を代表する門といえる。その大きさには驚かされるが、そこに紅葉が加わる秋の景色はさらに感動的であり、紅葉の赤と門の黒が鮮やかなコントラストを見せる。楼上から京都が一望でき、歌舞伎の「楼門五三桐」で石川五右衛門の「絶景かな・・・」でもおなじみ名所である。

今年という年は この景色で思い出すことに なりそうです。永観堂(1996年盛秋)

ある日、このお寺の回廊で 修行中の僧の前に阿弥陀様が スッと現れ 振り返りざまに 「歩みが遅い 」と叱ったそうです。紅葉に見とれてばかりでいないで ちょっと私も 見返り阿弥陀様に叱られて行きます。(1996年盛秋 TVCM)

“秋は紅葉の永観堂”とうたわれるほど昔から紅葉で名高い「永観堂」。正式には禅林寺といい、歌人である藤原関雄(805-853)の別荘地を、弘法大師の弟子・真紹僧都が譲り受け仁寿3年(853)に創建、10年後の貞観5年(863)に清和天皇より勅許と「禅林寺」の寺号を賜ります。

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当初は密教道場であったが、平安末期に永観律師が第7代禅林寺住職となり、浄土念仏を唱えて専修念仏道場となり、永観堂の名がついたといわれ、正式名称は浄土宗西山禅林寺派総本山禅林寺。敷地内には庭園があり、橋を渡りながら赤や黄色・・・そして放生池(弁天池)の周囲を埋め尽くす紅葉の景色や池に映る紅葉を眺めるのもまた風情がある。お寺に入り、庭園や軒先を彩る楓のしっとりと薫るような美しさでおおわれた釈迦堂や法然上人を祀る御影堂を拝観する。永観律師が念仏行を行っているとき、突然現れた阿弥陀如来が振り返って「永観、遅し・・・」とい言ったと伝わる逸話をもとに鎌倉時代初期に作られた高さ77cmの仏像、顔をななめ後ろに向けており「みかえり阿弥陀」と呼ばれている阿弥陀如来像を祀る。阿弥陀堂(本堂)はもともと大阪四天王寺にあったものを豊臣秀頼が移築したものである。その手前から、曲がりくねった木の廊下「臥龍廊」を上っていくと真紹僧都を祀った開山堂がひっそりとある。途中、岩壁に張り付くようにして紅葉しているのが「古今和歌集」の歌にも詠まれた「岩がきもみじ」である。

「奥山の岩垣もみじ 散りぬべし 照る日の光 見るときなくて」 藤原関雄

ロマン派歌人与謝野晶子の歌集「みだれ髪」にも収録されている歌碑が放生池の袂にあります。後の夫与謝野鉄幹と恋のライバル山川登美子と三人で訪れた紅葉の永観堂で詠んだ歌が 「秋を三人(みたり) 椎の実なげし 鯉やいづこ 池の朝かぜ 手と手つめたき」です。

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京都市内の眺望が素晴しい山上には多宝塔があり、境内を埋め尽くす約3000本ものもみじが多宝塔まで続く山肌を赤々と染め上げる様は圧巻である。1200年以上の時を経た今もやはり「もみじの永観堂」であった。

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「がんばれ」「元気だせ」なんていうよりも・・・・・・ 毘沙門堂(2000年春)

いま、励ましを必要とするひとがいたら 「がんばれ」「元気だせ」なんていうよりも私なら、こういう場所に連れてきてあげたい と思います。春がこんなにもきっちり訪れる国でよかった。(2000年春TVCM)

地下鉄東西線山科駅から「毘沙門堂」を目指して 駅から徒歩10分ほどで「琵琶湖疏水」に到着。京都の近代化の一環として琵琶湖の水を京都に引くため、明治時代に堀削されたのが琵琶湖疏水で、このうち山科を通る疏水沿い2Kmは”山科疏水の道”として遊歩道が整備され、疏水にかかる安朱橋に立つと、両岸から立派な桜の木が水面に枝を広げて、桜と菜の花のコントラストがどこまでも続く光景に心ひかれる。

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さらに10分程で階段を上り毘沙門堂の入口、仁王門が目の前に。天台宗の五箇室門跡寺院のひとつで、ひなびた山寺の風情を残す古刹である。伝教大師作で秘仏とされている本尊の毘沙門天は京の七福神の一つに数えられる。創建は大宝3年(703)でかつては上京区出雲路にあったが、応仁の乱で廃絶、公海僧正が寛文5年(1665)にこの地に復興し、後西天皇の皇子が入寺ぢて門跡寺院となったとのこと。

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桜だけ見たいので本堂に沿って進むとなかなかの大きな桜の木が朱色の霊伝に花を添えている。

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境内にある、たくさんの桜の中でも、圧巻は樹齢百五十余年の枝垂桜「般若桜」で、毘沙門しだれとも呼ばれているこの大しだれ桜は、樹齢150年、高さは10Mとさほど高くないはないが、枝張り30Mという大きさが見事で、枝が長すぎるため、下から木で支えられている。

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ここがJR東海CMで撮られているのである。