2009年の秋。今わたしたちは日本の歴史の、どのあたりを歩いているのだろう。光明寺(2009年秋)

京都の西南、西山連峰の麓、美しい竹林や杉、松の森に囲まれた栗生の里は法然上人が初めて「お念仏」の教えを説かれたところで、800年の歴史を刻む光明寺は西山浄土宗の総本山で報国山光明寺として法然上人の教えを受け継ぎ、総門の前に立つ「浄土門根元地」という石標はそのことを表しています。

法然上人を開山一世としていますが、建久9年(1198)の創建に力をつくしたのは『平家物語』や謡曲『敦盛』に登場する、有名な一の谷の戦いで平敦盛の首をとった頼朝方随一の豪傑・熊谷次郎直実です。その慚愧の念と無常感を法然上人の言葉に救われたことから出家を決意し、法然に師事した熊谷蓮生法師が、この地に念仏三昧院を開いたのが始まりです。

総門をくぐると、御影堂までの数百mの参道が二手に分かれています。右手には、幅15mぐらいの女人坂ともいわれるなだらかな階段があり、表参道の両側には色鮮やかな紅葉が広がっている・・・予定でしたがちょっと早かったのか。「浄土門ここにはじまる照紅葉」の句碑に出会う紅葉の参道です。敷石は元禄時代に近郊の桂川からひとつふたつと持ち寄られたものだそうです。

左手には真っ赤に色付いたもみじ?がトンネルのように薬医門へと続き、通称「もみじの参道」として親しまれています。

2009年の秋。今わたしたちは日本の歴史の、どのあたりを歩いているのだろう。(2009年秋)

ただの紅葉のトンネルではありません。800年前につながる、タイムトンネルです。今わたし達は、日本の歴史のどのあたりを歩いているんだろう。そんなことを考えてしまう、2009年の秋です。(2009年秋CM)

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