暑い夏を乗り切った私に、この町が「おつかれさま」と言ってくれました。常寂光寺(2007年秋)

清少納言が「枕草子」で、野は嵯峨野、山は小倉山と讃えられたこのあたりは宮人の草庵や隠れ家が多く作られました。

ここらあたりを歩くコツ教わりました。簡単でした。道はひとつ裏へ、も一つ奥へ、ほーら発見、広い道ばかり歩いてばかりいたらきっと見つからなかった思います。(2007年秋TVCM嵐山・嵯峨野)

宮廷歌人藤原定家もそのひとりで、古来の名歌100首を選んだいわゆる「小倉百人一首」の山荘後跡はここ「常寂光院」にあるといわれています。

16世紀末の江戸初期に日禛上人が隠棲の場所として開創し、仏教の理想郷「常寂光土」の趣を持つことからこの名が付けられました。ひっそりと佇むなんとも趣のあり山門をくぐります。

本圀寺から移築された仁王門は南北朝時代のもので、楓に覆われた43段の石段を上った先から振りかえると紅葉が散りかかる風情は定家の和歌の世界を思わせます。

紅葉なんてどこにでもある、と思っていました。失礼しました。(1993年秋)

約200本のもみじは、樹齢100年以上の老樹が多く、しっとりとした苔の緑色と鮮やかなコントラストを描きだします。【良か秋やね、と言葉をかわしあえる、それだけで、うえしかよ。】身を隠しているかのようなお寺ですが、伏見城から移築した本堂。

その背後の境内の上から小倉山の紅葉をまとう重要文化財の多宝塔越しに遥か嵯峨野の町も望める景色には上ってきたことに感動です。

暑い夏を乗り切った私に、この町が「おつかれさま」と言ってくれました。(2007年秋)

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